御苦楽園について

御苦楽園のなりたち

 当園設立者、亡曾祖父 水戸部弥作は山形県東村山郡干布村大字原町乙七番地の農弥十郎の次男として生まれた。16才の時、父は多額の財産を分与しようとしたが、深く考えるところがあって固く辞し、当時金百円の資金のみを受けて分家し、水車、米穀販売業を営んだ。生来、剛毅かつ独立心が強く、幾多の労苦を重ねて大いに発展したが、その後、長兄に死なれ、実家に戻り家督を相続することになった。
 実家に戻って3年後、酒造業(山形正宗)に着手し、3年で壱千百余石を醸造し創業十余年にして年五千石を造り、地方の醸造家として世に知られるにいたった。その後、天童駅前に醤油醸造工場を建て、栂野式速醸造法を導入し、近代的設備、学術を応用し、天水醤油と名づけ約四千石を出すほどになった。しかし自生活にはきわめてきびしく、その反面、学校教育および各種団体の育成にはきわめて熱心で、それらに対しての尽力は人の目を驚かすものがあった。

 50才の春、決するところがあって、長男の光男に酒造業を、次男の東一に醤油醸造業を担当させ、自らは干布村大字奈良沢に敷地弐千数百坪の土地を買い上げて隠居した。昭和初期の不況下に、失業対策をかねて、当園を庭することになった。それには、一日に50人から多い時には300人ほどの人夫を使い、夏冬とおして8年かかった。園内には、県内外から銘石、銘木を集め、山、沢、池、たきを配し、子孫には財産よりも精神を相続させる方が有意義と信じ、自己の青年時代からの修養の資とした処世訓、古今の金言の数々を柱石に刻み、人生の苦しみと楽しみを盛った庭園という意味で「御苦楽園」と名づけた。家訓には「父の心を知ろうとする者はこの格言を読め。」と書き残している。また、訪れる人々には多少とも心に益するところがあれば幸いと、自ら「社会大学」と呼んでいた。
 曾祖父は昭和17年1月8日に70才でこの世を去ったが、各方面より強い要望が寄せられ昭和40年から公開するにいたった。

庭師紹介

山口 助松(前庭・中庭)・・・・・・・・・・株式会社養樹園

川崎 幸次郎(裏庭)・・・・・・・・・・・・松下幸之助の「真々庵」を造園した方です。

御苦楽園のなりたち

◆ 施設名
御苦楽園
◆ 代表者
園主 水戸部 近子
◆ 所在地
〒994-0051 山形県天童市奈良沢乙47
◆ 連絡先
TEL/FAX:023-653-3392
メール:info@gokurakuen.jp
お問い合わせ時間:8:00〜17:00
◆ 開園
昭和40年8月
◆ 庭園面積
5,940平方メートル(2011年2月1日現在)